子どもを指導するにあたって

と仰々しいタイトルをつけるとプレッシャーに感じる人がいそうなので、最初にフォローしておきます。
今から書くことは自分も含めて常に肝に銘じておかなければならないことだと思っていることで、折に触れ言葉にすることで意識の共有を図ったおきたいと考えるからです。

別のブログで書きましたが、子どもに「不必要なストレス」をかけることは極力避けたいです。
子どもが稽古で悩んだり、できなくて悲しんだりすることは子どもにとって「大事なストレス」だと思います。
ですが、子どもに間違ったことを教えれば子どもは素直にそれに従ってくれます。
だから、大人は可能な限り「よい形」を教えるように努力しなければならないと考えます。

といっても、子どもの中には合気道とその稽古についてはすでに、大人よりもきちんとしている子もいます。
なので、一番気を付けなければならないのは、(当然と言えば当然ですが)初めて間もない子です。
稽古の際には極力フォローしてあげなければいけません。

そうなるとどうしても大人自身の稽古は削られてしまいますが、それは「大人」が大人な姿を見せたいところです。
大人自身も自分の疑問が残った状態だと悶々とします。ましてや解決しない悩みがたくさん積み重なるともう、大変。
この辺りは身をもって感じている大人は多いと思います。
自分の悩みはできればその場で解決したいのですから、初心者ましてや子どもの悩みはできるだけその場で解決してあげたいです(もちろん解決できない悩みや解決しなくてもよい悩みは別ですが)。
だから、気がついた大人は時を逸しないように、適時かつ即座に対応していただければと思いますし、またそうしたいところです。
その分稽古が減ったことのフォローは後でみっちりやりましょう。

大人の初心者についても同じことは言えますが、まあ大人は子どもに比べれば少々悩んでもらっても大丈夫かと思います。
なんといっても「大人」なので。
とはいえ、そんなに深刻に考えないで(特に一名の方・・・)下さい。
できるかぎり、で行きましょう。

皆さんの思うところも是非聞きたいです。

「子どもを指導するにあたって」への5件のフィードバック

  1. 私の場合、「よい形」というのがはっきりわかっていません。
    ゆえに、全体的な体の動きを見て漠然とした良し悪しを
    自分の頭の中で判断してしまっている様に思います。
    しかも、それは自分の動きではなく、他の方がしているのを見て
    客観的に「あの動き方がしたい」とか、「あそこはこうした方が」とか、
    何にしても正解が見出せなくて「悶々」しています。
    (「特に一名の方と同様)

    しかし、今日の投稿内容の最後のくだり、「そんなに深刻に考えないで」を読んで
    何だかちょっと気持ちが楽になりました^^
    こう見えて、結構繊細だったりするので(わかる人にはわかる!)、
    いちいち悩むんですよ。(自分でも面倒くさい性格だと思います。)
    最近、「出来る限り」のボーダーを一段階下げようと思っています。

    1. あ。すみません「深刻に考えないで」と書いたのは「子どもにきちんと教え」なければいけないと考えて、完璧でなければ教えられない、と思い込んでしまうことについてです。といっている先からそんなコメントが。(^_^;)
      これは完全な私見ですが、やはり少しでも早く上達するには「あの動き方がしたい」と望み「あそこはこうした方が」と悩みながらやるべきだと思います。
      もちろん、できる範囲でしかやれないのでネガティブになるべきではないのですが、ネガティブにならないことと、目標値を低く設定して気楽にやるのでは上達進度は違うような気がしています。
      あくまで、どれくらい(はやく)上達したいと思うかによりけりなんでしょうが。

      ただ、そんな悩みを抱くのは稽古に行き詰って悩みがあるからだと思います。その点は深刻に考えないで行きましょう。丸儲けさんにも悩みを理解して、「悩まなくていいように導いてくれる先生」がいらっしゃると思います。きっと大丈夫です。
      このあたり山鉄さんやNaoさんの意見も聞きたいなぁ。

      1. 追加です。
        自分の返信を読み返すと「のんびりやってちゃだめだよ」と言う意味にも取れそうなので、付け加えておきます。
        丸儲けさんは負けず嫌いというか頑張る方で「少しでも早く上手く」と思われる方だと思っているので、こんな風に書きました。
        一般的に合気道は競うものはないので、あくまで自分のペースでやればよいと思います。人が一年かかるところを自分のペースで五年かけてやることも立派だと思います。あくまで継続が大事ですよね。もちろん、頑張って早く上達しようとすることも自由だしよいことであると思います。
        こんなところで、補足になりますかね。

  2. お呼びでしょうか(^_^;)

    子どもに関して、確かにその通りだと思います。
    ただ、わたし自身がはっきり分かっていないこと、特に、以前と変わって自分自身が修正中習得中のことに対して、よい形を教えられるかというのは不安なのです。
    わたしが「こう…かな?たぶん…?」では、初心者の子ども(大人も)は逆に不安になるのではと思って躊躇してしまうのが本音です。

    いかがなものでしょうか?

    子どもに教えるということ、指導のポイントも声かけの仕方も全部難しいなといつも思います。

    1. お忙しいところお呼びだてしてすみません。m(_ _)m
      悩んでいるということは「盲目的にやっている」わけではないからだと思います。
      別に悩みごと子どもにぶつけてもよいかと思います。
      ただ、大人でしかも経験がそれなりにある人は「自分だけに集中する」のではなく、「周囲にも目を配る」くらいの余裕はあると思うので、少なくとも「もうこんな時間だ」とか「しまった。子どものことすっかり忘れていた」ということはないかと思いますし、自分の悩んでいる点は子どもの稽古を見ているときにも注意して見るでしょうし、自分の悩みは「ここが難しいんだよね」と言えるかと思います。
      自分のできることできないことを見つめ直しつつ、まずはできることでかつ大切だと思うことに力を入れて説明し、大切だと思うけどできないことは正直に話しつつ「こうしよう!」と一緒にやるのでもよいのではないでしょうか。
      私からみると子どもを教えることは十分できているとおもいます!
      私より配慮が細やかだし。

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