昇段審査について思うこと

昇級審査も一段落し、年明けになると次は昇段審査の季節がやってきます。

以前も書きましたが、「どれくらい自分で納得できたら昇段するのか」は非常に難しい問題です。そもそも、昇段審査は自分で望んで受けるものなのか、先生に受けなさいと言われて受けるものなのか、どちらなのかという議論もありそうですが、それは横においておきます。

合気道のみならず柔術は続ければ続けるほど奥の深さを感じて、悩みが多くなるものだと思います。私のように単純な者でも、年数を続けるにしたがって悩みは深くなるのですから、生来の「悶々症候群」を患っている?人にとっては、有段者になって稽古を積むほど「すっっっっごく悩む」と思います。

これも以前書きましたが、やはり基本的には昇段(あるいはその審査)の前提として受ける側の「納得」が大切だと思います。もちろん昇段することで自身やプレッシャーを感じて成長するという面は否めませんが、武道に対して真剣に取り組んでいる人とすれば生半可な状態で昇段するのは、却って自分がやっていることを軽んじられている気がすると思います。下手をすれば武道自体への不信感につながりかねないと思うのです。武道が単なる技術でないことはほとんど方がおっしゃていることで、その意味でも心の納得が必要なのではないかと思います。

講習会や稽古会へ参加すればわかることですが、他の道場の高段者の方はやはり段位に恥じない素晴らしい技術と姿勢をもっています。これまでに参加して講習会等でその点は十分に肌で感じているかと思います。だから仮にうちの道場で前倒しに昇段しても、そうした公の場にでると肩身が狭い(恥ずかしい)だけで、あまり良いことではないかと思います。他の道場の先生方を拝見していても、やはりしっかりとした段階に達してはじめて昇段、という方がよいと私は考えます

ただ、私の考える基準と門人の皆さんの考える基準にずれがある場合も当然にあります。そこでは、「そろそろどう?」「いえ、まだまだ!」という凌ぎ合いがあっても良いかもしれません。そんな雰囲気もまた名古屋至誠館らしくていいですよね。

もちろん、副○長代○理補○さんに「私の実力的にはもう次の段階だと思うのですが」と言われれば横に振る首は持っていませんが。

 

「昇段審査について思うこと」への2件のフィードバック

  1. そんなふり方されても、まだまだ手は挙げれません。(−_−;)

    納得するまでにはかなりの時間がかかりそうです。m(_ _)m

  2. 『「手を挙げる人」以外は「手を挙げない人」』だと認識していたら、
    どうやら間違いだと今日副館長代理補佐さんに聞いて初めて知りました(−_−;)
    わたしももちろん挙手できません〜(>_<) いつか、そのうちに…

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