流水柱について

芋焼酎のおいしい季節になりました。
表題について詳しくはNoriさんとMightyさんに聞いてください。
以下は私見です。

「水」の意味するところは固体でなく液体であることだと思います。
流水柱という言葉からイメージできることはまっすぐに流れ落ちる水だと考えます。
で、まっすぐに流れ落ちる水と言えば滝が想像しやすいでしょう。

ここで注意。
滝というと流れ落ちる水の力強さが印象的であるため、勢いの強さと誤解する人がいます。
でも、単に勢いの強さだけなら別に水に例える必要はありません。引き倒す力強いものといえば「クレーン」でも構わないでしょう。
なぜ「水」なのか。
「水は方円の器にしたがう」という言葉があるように、水自身は非常に柔軟に変化します。
水が一定の形をもって動くのは氷になった時だけです。
だから、身体を動かす際に自分から力をかけて引っ張るような動きをするのは「水」の動きとは言えません。
水が持つのはその質量としての重さのみ。しかもそれはまっすぐに鉛直方向にかかるのみです。
水が流れ落ちる際にその方向を変えるのであれば、それは水そのものの動きや性質によるものではなく、水を矯正(強制)する外部から力によるものです。その分の力は当然に本来必要な相手を崩すのに必要不可欠な力以上の「不要な」力だと考えます。
そうした力は可能な限り0にすべきであり、最初から鉛直方向以外にそういう強制力を意識する動きは、ここでいう「流水柱」のイメージとは全く異なるものかと思います。

さて流水柱において大切なのは、鉛直方向以外の脱力です。ただ、どうしても鉛直方向にのみ力をかけるためには自分の身体の位置を入れ替えたり、力みのない姿勢で動き始めることが大切です。その点を意識した稽古ができるとよいのではないかと思います。
もう一つ以外に意識しないのが「スピード」です。
水は一定の落差以上において終端速度になります。重力加速度で無限に加速するわけではなく、一定以上の速度にはなりません。だから、流水柱における負荷も一定の速度によってかけられるべきだと考えます。滝から落ちる水の圧力はとても大きく、当たるものを押し流しますが、その速度には限りがあります。フレクタルというわけではありませんが、自然の中に存在する理は物理法則にもかなうものであり、武道における動作においても参考になるのではないかと思います。

ちょっと抽象的なことも書きましたが、具体的には自由稽古の時にでもやりましょう。

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